富士神社|広島県大朝(おおあさ)の神社

富士神社の歴史「創祀」

富士神社は、鎌倉時代後期の正和2年(1313年)、戦国大名吉川家5代目の吉川経高氏が駿河国から勧請した神社と言われています。

富士神社はもともと「烏子富士大権現宮」と呼ばれていました。「烏子」は「鵜子」とも書き「うこの」と読みます。富士神社が鎮座する土地の名が「鵜ノ子原」「宮ノ原」と呼ばれていたのもこれに由来すると言われています。

北広島町大朝の郷土富士「寒曳山」

寒曳山(標高826m)

大朝には、町のシンボルとして親しまれている寒曳山(かんびきやま)があります。別名「大朝富士」と呼ばれている郷土富士です。

吉川経高氏は、寒曳山を故郷の富士山に見立て、その麓に駿河丸城(間所城)を築きました。駿河丸城から南東に約2km、加計山の山裾にあるのが富士神社です。

加計山(標高782m)

写真の真ん中から少し右に見える緑濃い森に富士神社が鎮座しています。

現在は、境内を囲むように杉の木が高さ30mを超えるまでに成長したため、視界が遮られていますが、建立当初は富士神社から大朝の街並はもちろん、駿河丸城や郷土富士である寒曳山がキレイに見えていたことでしょう。

富士神社近郊から眺める寒曳山は、裾野がキレイに左右対称で、八の字に末広がる様子がまるで富士山の様です。春は新緑、秋は紅葉、冬には雪化粧を纏い、郷土富士として四季折々の顔を見せてくれます。

祭神|木花咲耶姫命

富士神社の沿革

祭神 木花咲耶姫命 例祭 拾月九日・拾日

安芸国鵜子原ニ位置ス。古代火山富士ヨリ日向国ヘ使行セル神鵜ガ神宝ヲ携エ、當地ヘ降臨ス、五殻豊穣ト子安ヲ授ケ地方一帯ヲ治メ給ヒテ後ニ高千穂ヘ向ワレタリト云ウ。聖地ト奉斎セラレシモノナリ。

木造狛犬|県重要文化財

富士神社の本殿には、守護獣として木造の狛犬が奉安されていました。狛犬の足の裏には、千鶴丸が応安7年(1374年)に寄進したと墨書銘文があります。

この木造狛犬は、阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)の一対で、南北朝時代の貴重な文化財として、平成2年(1990年)4月23日、広島県重要文化財として指定。現在は大朝郷土資料室(北広島町図書館内)に展示されています。

富士神社の境内マップ

神楽|富士神楽団

NPO法人広島神楽芸術研究所のYouTube

大朝では、秋になると各地の神社で、神楽(かぐら)と呼ばれる歌舞を奉納する風習があります。毎年10月の夜に、富士神楽団が拝殿にて神楽を奉納しています。富士神楽団は、明治時代に島根県の矢上系神楽団から神楽を伝授したことが始まりとされています。

昭和26年、安芸高田市美土里町本郷の神幸神楽団から8調子の教えを受けて、悪狐伝などを舞い始めました。昭和45年には、交代で奉納神楽を行っていた茅原地区、境地区の神楽団と合併し、現在の富士神楽団となりました。神楽競演大会では